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農産物の価値をどう伝えるか 後編 ~価格のジレンマと突破事例~

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価格競争を避けるには

農産物が一般的な商品、コモディティである以上、価格競争にさらされるのは仕方ない。では価格競争にさらされないためにどうすれば良いのか。問題は価格以外の価値で差異化することである。
農産物は一般商品に見えても実は細かくセグメント化されている。例えば鮮度。トウモロコシやアスパラガスは収穫後、急速に味に劣化が始まるため、鮮度が何よりも重視される。このためもぎたてのトウモロコシを置く地域の直売所はかなり高めの価格設定でも消費者は喜んで買ってくれる。海外でもトウモロコシは作っているが、鮮度の面から生食用の輸入は難しい。
また京野菜や加賀野菜など地域の伝統野菜も、価格競争力は高い野菜であることはよく知られている。衛生基準、品種、生産者のこだわり、ストーリー何でも良い。多様な切り口が差異化を産む。

希少品種で勝負

差異化の具体例を見ていこう。福岡糸島市にある久保田農園は、従業員20名以上を抱える大規模農業法人だが、日本では珍しい品種のハーブや西洋野菜を栽培し、レストランなどの業務用に特化して出荷している。畑を見てみると黄色のインゲン、紅白の渦巻き模様のビーツ、紫色の大根など、一般の農家では栽培が難しい品種が栽培されている。そうした品種は海外などに出向き、味と形、そして色合いに特徴をもつものを発掘し、日本で栽培しているという。
当然ながらここで栽培される野菜の価格は高めだが、他では栽培していない珍しい野菜を探して、日本中からシェフがひっきりなしに訪れ、取引先は年々増加。作付量や生産・出荷にかかる時間や人手を含めた体制が飽和状態だという。珍しい野菜が欲しいレストランのシェフは多少高い値段を出しても、ここの野菜を使わざるを得ないのだろう。
久保田農園 出荷の様子

供給力と期間の長さで勝負

一般的な野菜を栽培しても価格交渉力を持つ農業法人もいる。鹿児島大崎町で120ヘクタールという規模で大根栽培を行う大崎農園は、その栽培期間の長さと数量で様々な卸がひっきりなしに買い付けに訪れる法人として有名だ。
大崎農園が作っているのは一般的な冬の大根だが、その競争力は安定して供給できる力と栽培期間の長さにある。大崎農園では2017年に大型冷蔵装置を併設した出荷場を整備。やさいの戦場からパッキング、出荷作業を機械化することで、新鮮な大根を安定して出荷できる体制を整備した。
出荷の時期は12月から5月。もちろん国内に大根を栽培している農家は沢山あるが、大崎農園のような大量なロットで供給できる生産者は少ない。このため他の農家より高い価格でも卸業者は取引に応じざるを得ないという。
このように価格交渉力は他の生産者では作っていない、もしくは作ることが出来ない品種や品質、作り方、出荷できる期間、ロット、体制が出来ているかどうかに左右される。前述のように、実は農産物は一般商品に見えても細かく分かれている。市場のセグメントを分け、販売先のターゲットを定め、他にはない自らのポジションを確立すれば自ずと価格交渉力はついてくることを改めて考えなければならない。

価格そのものを武器に

価格を巡るマーケティングで、もう一つ忘れられない農業法人がある。北海道新篠津の大塚ファームである。
大塚ファームでは有機農法でミニトマトやニンジンなどおよそ30品目を栽培する他、そうした野菜を使って干しイモなどの加工食品も製造、販売する農業法人である。実はここの価格の付け方が面白い。大塚農場では自らが加工、販売する干しイモを慣行栽培で作ったものの2倍ほどの価格で販売している。かなり強気の価格設定である。
通常、有機栽培された野菜、加工品は慣行栽培されたものの1.2~1.3倍ほどの価格で売られている。消費者はたとえ有機栽培されたものでも、その程度の価格差であれば有機栽培されたものを選ぶとされているからだ。大塚農場でもかつてはそうした値付けであった。
しかしある時、それまで1.2倍ほどだった価格を一気に2倍に上げた。その遙かに売り上げが伸びたという。

そのときのことを取締役の大塚早苗さんはこう語る「例えば二つの商品が並んでいる場合、その価格差がわずかであれば、客は二つの商品は同じ品質だと思い、安い物を選ぶ。一方で価格差が2倍あると、その二つは明らかに違う品質のものと考え、こだわりをもった消費者なら必ず高い方を選ぶ」その考え方が消費者にヒットした。
 
有機農産物は売り方が難しいとされる。様々な工夫をし、無農薬で土にこだわって作っても、慣行栽培と見た目はほとんど変わらず、味を見極めるのも難しい。大塚農場では、自分たちがこだわって作った農産物を「価格で」表現した。その結果、土や作り方にこだわりをもつ消費者に響いたというわけだ。
 
大塚ファームのこの試みは「安ければ売れる」という考え方を捨てなければならないことを私たちに教えてくれる。安く売るだけが、ビジネスではない。重要なのは自分たちの商品が、従来のものとどう違うのか、消費者に認知してもらうことである。そして価格はその大きな武器になり得るということだ。
大塚ファームの有機ほしいも

価格は勝ち取るもの

農産物は長い間、自分たちで価格が付けられない、と言われてきた。今回そうしたこともあって国は食料システム法という新しい法律を成立させた。
しかし、福岡県糸島の久保田農場、鹿児島県大崎町の大崎農園、そして北海道新篠津の大塚ファーム。これら3つの事例を見て思うのは、価格は与えられるものではなく、勝ち取るものだということだ。
法律施行によって、今後流通関係者と、価格について常日頃から意見交換が出来ることは喜ばしい。しかし農家自身が自らの農産物の価値を磨き上げる努力をしないと、また絵に描いた餅にならないか。そのことを改めて危惧している。

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  • 執筆 合瀬 宏毅

    一般社団法人アグリフューチャージャパン 代表理事 理事長
    AFJ日本農業経営大学校 校長

    1959年 佐賀県生まれ
    山口大学経済学部卒。NHKスペシャル、モーニングワイドなどの制作を担当し、経済番組のプロデューサーを務めたあと、「食料・第一次産業」を中心とする経済問題担当の解説委員。2017年解説副委員長。
    これまでに農政ジャーナリストの会会長、食料・農業・農村政策審議会委員などを務める。